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『涼』と呼ばれた幽霊がの前から姿を消してから・・・彼女の顔から笑みが消えた。
普段ならちょっとした事で笑っていたあの声が、僕らの前から消えてしまった。
もっと早く僕が三蔵に相談すれば良かったんでしょうか。
それとも・・・三蔵に相談した事が間違いだったんですか?
「・・・、寝る前にミルクティー入れましたよ。」
「ありがとう、八戒。」
「良く眠れるようにミルク多めにしましたからね。」
『涼』が消えた事により、彼女の目の下からクマは消えた。
一時期青白く見えた頬も、今ではすっかり元の赤みを取り戻している。
ただひとつ足りないのは・・・彼女の笑顔。
当たり前のように見ていたものが、ありえない人物の手で奪われてしまった。
「・・・甘い。」
「悟浄が買って来たハチミツをいれたんですよ。」
コトリとの前に手の平サイズの可愛らしい瓶を置いた。
「ティーハニーって言うんですよ。」
「ティーハニー?」
「えぇ、紅茶専用の蜂蜜だそうです。珍しいでしょう?」
「・・・悟浄が、買ったの?」
「えぇ、が気に入るだろうって・・・」
「そっか・・・」
いつもならここで見ている方が嬉しくなるくらい微笑んでくれるのに、その笑みが・・・ない。
「お味は如何ですか?」
「・・・美味しい。」
微かに細められる瞳、緩む口元・・・それでもあのヒマワリが咲き誇るような笑顔にはほど遠い。
僕の胸が・・・あの日二人が話していた日からずっと燃えている炎で、黒く焼け焦げてしまいそうになる。
――― “嫉妬”と言う名の炎
その炎に飲み込まれないよう、必死で耐えてきた。
けれどそれも・・・限界が近い。
僕は持っていたカップをテーブルに置くと、目の前に座っているの顔をじっと見つめた。
目の前にいる僕を見ていない、何処か遠くを見ている瞳。
その姿が・・・僕を苛立たせる。
「・・・。」
「・・・何?」
「相手は、人間じゃありませんよ。」
「八戒?」
何の脈絡も無く語り出した僕を不思議そうにが見つめている。
久し振りにまっすぐこちらに向けられた彼女の瞳が、僕の目に眩しく映る。
「三蔵が来なかったら、貴女はあのままどうするつもりだったんですか。」
「どうするって・・・」
「倒れても、死んでしまってもいいと・・・思っていたんですか?」
「突然どうしたの?」
無言で席を立って彼女の前に膝をつくと、そのままの体を思い切り強く抱き寄せた。
「八戒!?」
カシャンと言う音がしての持っていたカップが床に落ちて ――― 割れた。
それと同時に僕の中で必死に抑えていた嫉妬の炎が溢れ出す。
「貴女の優しさは尊いものですが、今回は限度を越えてます。少しも怪しいと思わなかったんですか?」
「・・・お、思った。」
「それなら何故僕に相談しなかったんです!」
「・・・ご、ごめ・・・」
「謝って貰いたい訳じゃありません!どうして黙っていたのか聞いているんです!」
「いたっ・・・痛い・・・」
腕の中でが小さな悲鳴をあげる。
普段ならすぐに緩める手が、この時は何故か・・・離す事が出来なかった。
「貴女は僕を信用していないんですか?」
「そんな事・・・」
「じゃぁ今度はキチンと相談してください!今回のような事はもう二度と、許しません!」
そんな風に彼女の行動を縛る権利など僕には無い。
そんな事分かっている・・・分かっているのに、想いが押さえられない。
自分の想いの激しさに我に返り、ふと腕の中のを見れば・・・小さな体が小刻みに震えているのに気付いた。
――― 押し寄せる後悔
自分の想いを押し付けて、彼女の話を・・・聞いていない。
慌てて腕を解くとの大きな目が僕をじっと見ていた。
泣き出す一歩手前のような、涙で潤む瞳。
泣かないで・・・を、貴女を泣かせたい訳じゃないんです。
その想いを込めてそっとの頬に手を伸ばした瞬間、僕の頭の上に容赦なく振り下ろされた拳。
「・・・なぁ〜にチャン泣かしてンだよ。」
「〜っ・・・」
「ったく人が珍しく快勝して早目に帰って来たと思ったら、ンなコトしやがって・・・大丈夫か?」
壊れ物を扱うように悟浄がそっとの頭を撫でると、大きな瞳からポロポロと涙が零れ出した。
「ごじょ・・・」
「おいおいどした?」
手に持っていた紙袋を床に置いて、悟浄がと視線を合わせる。
「・・・わ、わかんない。」
苦笑するような顔で泣いているは何故自分が泣いているのか分からないようだ。
零れる涙を手の甲で一生懸命拭いながら、頭を撫でている悟浄を安心させようと必死に笑顔を作ろうとしている。
「どーせ、このお兄チャンに苛められたんだろ?よしよし、可哀想になぁ〜」
「苛めるだなんて・・・」
「いんや、お前が苛めたんだ。大体テメェはいつも言葉にトゲがあンだよ!」
を慰めながら悟浄は空いている方の手で僕を指さした。
「トゲ、ですか?」
「あれ止めろ、これ止めろ、そんだけ言えばいいのに、いっつもひと言多いじゃねェか!」
そう言われて自分の言動を思い返してみるが、どれもこれも悟浄に対しては必要な事しか言っていない。
「貴方に対しては必要不可欠な事しか口にしていませんよ?」
「それが余計だっての!」
「言われないよう努力して貰えれば、僕だって口数少なくてすみますよ。」
「・・・オマエが多少の事に目を瞑ってくれればオレだってもうちょっと言う事聞くっての。」
それから互いに溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、くだらない言い合いが続いた。
大きな事から小さな事まで・・・最後にはの奪い合いに発展する。
「貴方の側じゃ止まるものも止まりません!」
「てめェじゃ泣き止まなかったろうが!」
「慰める前に貴方が帰って来たんじゃないですか!」
「ンじゃてめェは役不足って事だろうが!」
「ちょっ・・・二人ともっ・・・」
「大体悟浄、貴方煙草の本数増えすぎです!賭場での稼ぎが少ないなら、比例して本数減らして下さい!」
「自分が稼いだ金ナニに使おうがオレの勝手だろうが!」
「二人とも煩ぁ〜〜〜い!!」
が掴んでいた僕らの手を振り払って、その拳を僕らの頭に振り下ろした。
「喧嘩両成敗!意味無く喧嘩しないの!!」
「っつ〜・・・案外いいパンチしてんな。」
「あははは・・・怒られちゃいましたね。」
「あー・・・手、ちぎれちゃうかと思った。」
僕らが左右から引っ張っていた腕の付け根を揉みながら、それでも少し頬を膨らませて僕らを見ている・・・。
その表情は僕と話をする前とは全然違う。
寧ろ『涼』と出会う前の彼女と同じと言ってもいい。
そんな彼女の顔を見るのは久し振りだと思っていると、がクルリと体を僕らの方へ向けた。
「・・・心配かけて、ゴメンなさい。」
怒られたのは僕らの方なのに、何故か頭を下げる彼女。
それが何に対しての謝罪かなんて、言葉にしなくても分かります。
だから僕と悟浄は顔を見合わせて、やっぱり同じ様に彼女に向かって頭を下げた。
「こちらこそすみませんでした。」
「悟浄も反省〜。」
全員が居間で頭を下げている光景って言うのは・・・変なものでしょうね。
誰が最初に吹き出したのか分りませんが、気付けば居間は笑いの渦になっていました。
久し振りに心から笑って、久し振りに涙を流して笑って・・・全ての事をすっかり洗い流した僕らは悟浄が快勝祝いに買って来た、普段なら到底買わない高級な葉の紅茶を飲む事にしました。
久し振りに三人で飲んだ紅茶の味は、とても温かくて・・・爽やかで・・・。
いつの間にか僕の中で燃えていた炎も静かに鎮火していました。
僕の中にある・・・“嫉妬”
それは僕の想像を超えるほど、熱くてやっかいな物かもしれません。
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『八戒がヤキモチを妬く』を前提に、幽霊と知らず知り合ったヒロインが気付かないうちに幽霊を成仏させる(省略しすぎだよ(苦笑))と言うものでした。
設定を活かす為にちまちま書いたら長くなっちゃいました。・・・い、いかがでしょうか?(汗)
涼が1週間を強調してるのは、1週間一緒にいたらヒロインは連れて行かれる、と言うありきたりな設定があったからですw今更ですが(苦笑)
この幽霊にはモデルがいます(笑)当初は某ゲームの兄でしたが、後半で別ゲームのやはり兄に代わりました(笑)その名残として幽霊の名前と声のイメージに二人の兄を頭に置いて書きました!この両名が分かる方、それは多分風見と趣味がバッチリ合ってる方です!
めぐみさん、リクエストありがとうございましたv
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです!
また遊びに来て下さいねvvv